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   繊細なジュヴレか、82グランドリュ、もう一回飲ませて!

北ローヌ、コンドリュー

エルミタージュブランを色々飲めると思い参加しましたが、コンドリューでした。

コンドリューは元々17haであったのを、拡大して135haになった。前者がコンドリュー・コンドリューでありその質の高さを確認することが出来た。その中でも写真一番左のコンドリュー・ヴェルシェリー2008 クリューゼル・ロシュは、素朴でありつつも肌理が粗雑ではなく、シャルドネのような物質的なあり方ではなく抽象的で、酸が低く重さがあるにも拘らず香りが上に伸び、なおかつ後方に消えるように広がり流れていくスタイルは大変珍しくそして完成度が高い。
コンドリュー・コンドリューと他のコンドリューを比べると、他のコンドリューは皮が薄い饅頭であり、コンドリューコンドリューは饅頭の皮がフカフカで厚くほおばっても具にたどり着かない饅頭である。

コンドリュー・コンドリューは一度味わっておきたいワインである。(特に、涼しい年のものを味わいたい。)


ただ、コンドリュー・コンドリューのグランクリュであっても、よく確認するとアフターにタンニンのひっかかりがあることに気づく。また酸が低いため、輸送が難しく保管も効きそうにない。アルコール度数も高く、単品で飲むには飽きる。(料理に合わせることで本領発揮するワインのため、そういった飲み方が適さない。しょうがない。)



終了後、混色混醸について、品種について、田中さんに話を伺った。
田中さんの混色混醸の考えには、「いつも0.001%の最高級品ばかりを味わってばかりをいられないからどうしたらいいか?」というメッセージがあり、その応用として「料理とのマリアージュ、1+1=3」のメッセージがある。それは技術を活かして生み出す「人を意識したワイン」である。

しかしながらそういった、領域には究極を想定するものが見えないので、興味を感じない。ワインでもコーヒーでも、消費者が喜ぶことを想定して作られたものは小手先のものであり、人より上位のものからのメッセージやインスピレーション、イントゥトゥーションを得ることができない。ワインやコーヒーなど、人のために作ってはいけない。
それは祈りを自分や他人にささげるものか、神にささげるものかの違いに似ている。

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