ブルゴーニュワインの感想

     所詮感想です。

ワインの購入原則その二 好きなものは満足度が低い

ワインを買って、このワインは美味しくなるからとっておこう、などと人は保管しておく。しかし残念ながら、10年程度では大きく化けることはない。また人は一本飲むごとに味覚は磨かれ、趣向はその一歩先へ進み、戻ることがない。そうして、刻々と追求するべき点は変化していく。また、下記の図のように、その時の最先端の醸造は次世代に受け継がれ、洗練され、昔はトップ生産者でないとできなかったことが、誰でもできるようになる。

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そうして、3か月前、1年前・・・とその時に焦点であったテーマや好みは、過去のものとなる。また、話は逸れるが、昔のトップ生産者のワインを買うのももったいない。それは既にオールドファッションであり、高いお金を出して買うのは、お金に余裕があるのであれば、歴史を知るという意味でぜひやるべきであるが、すでにそれを知っている人やお金がない人は最善の手ではない。

話を戻すと、その時の趣味やテーマであったワインが残り、3か月前、1年前・・・と経過すると、そのワインは、飲む意義を見出すことができない。

そのワインを飲む目的とは、シチュエーションとはということを考えてみたい。それは、少なくとも、自身におけるその時のテーマの追及、即ち、前回飲んだワインから引き継ぐテーマの掘り下げという点、そして新たな視点の獲得と二つに大別できると思う。

セラーに蓄積されたワインたちは、吟味され、好きなものを購入しているため、後者には残念ながらならなく、前者である。であるなら、テーマの終わったワインというものほど無意味なものはない。

最初は美味しいワインが飲みたくて、それでいいと思っていた。
しかし、それでは、ワインの根底にある意義や面白さ、そしてその本当の美味しさを理解することができないことが分かるようになってきた。そうすると、テーマの深堀にこそ意義があり、過去に過ぎ去ったテーマのワインに価値を見いだせなくなってくる。

 

少なくともうちのセラーはそんなワインの山である。

セラーのワインとは、中二病ワインである。「好き」と判明したものの多くは探求が終わったワインであり、既に役目を終えているといってもいい。そんなものを後生大事に持っておくのもばかげている。スペースが十分ある人なら、それは、後の人へのプレゼントとなる。うん、そうか、自分のためにはならないが、人のためにセラーのワインはあるのかもしれない。故に自分の満足度はないが、人への満足度は提供できるのかもしれない。それなら、意義はあるように思う。