ブルゴーニュワインの感想 改めて、テーマ見直し中

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未更新 つづき

2004 ブルゴーニュ(ブラン) ブノワ・アント

ヌーベルセレクション、やなせ

3日目

 

このワインはラフォンの焼き直しである、ということを前回述べた。

3日目になり、ますますラフォンになってきた。

率直にますます美味しい。それは結構なことであるのだが。

 

ただ、面白くない。ラフォンの書いたテンプレートに乗っ取り、天才が仕上げたような造りである。ラフォンをさらにバージョンアップさせ、スマートに、ゴージャスに。それをACブルゴーニュで実現している。ニューヨークに突如ピラミッドが表れたような世界観である。

美味しいことは良い・・・とはいえない。

ここに低音のラフォンの響きがあればそうなのだが、プラスチックのようなもので、違う。また、ACブルゴーニュでこれをやってしまうあたりもおかしい。ワインのスタイルというのは、こういうスタイルが好きだからそうするというのは、正しくもあるようで違う気がする。

 

今年最も概念を更新させられたのは、ブリュノ・クレールであった。
ジュヴレはこう、シャンボールはこう、モレはこう、と枠があったとしても、生産者が理解するジュヴレを、シャンボールを、モレを表現するなら、それは一つの正解であるのであり、立てる必要がある。ブノワ・アントは土地の何を理解し、ここに至ったのか?それはこちらの想像しかないが、作りたいスタイルありきで、手段を選んだように感じる。それは技術的に優れたものにしかなしえない技であるのだが、納得させられない。

そう思うと、ニュイ・サン・ジョルジュというのは、昔は、タンニンが硬く四角く重たいものを作っていた。皆がそう思っていたからである。しかし、人によっては、ベルベットなニュイ・サン・ジョルジュこそが本質であると考えてもいいし、タンニンを加工し果実を更に落としタンニンのみを主とするというのもあっていい。もしかすると酸こそがニュイ・サン・ジョルジュだという解釈もあるのかもしれない。

そういった解釈が、時代の研鑽を経て、人々の鑑賞の研鑽を超え、存在できるなら、普遍性を持てるように思う。そんなテロワールの概念を更新してくれるワインに出会えることを楽しみにしている。