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今のブルゴーニュは面白くない、というのは、値上がり/市場の拡大に伴う良品の品薄/古酒の枯渇/生産者の努力・チャレンジ不足といったところが挙げられる。また突き詰めて飲んだ年数に応じて、新しい発見が減ってくるところは大きい。
なにより、Yさんのワイン会がないのも、面白くありません。
平野弥さんやワインホリックさんがコンディションの重要性を説かれますが、彼らがそれを強みにしているからであろうという点を忘れてはなりません。また彼らはあなたにとっての飲まなければならないワインをいっているのではなく、基本の”き”であるコンディションを言っているに過ぎません。
ワインというのは人によって、何を飲まないといけないか違っています。
ブルゴーニュにおいていえば、自分にとっては、特殊な個性であり、ブルゴーニュの何かを象徴したようなものを求めています。実はそういったものは、希少性が高いものであることが多く、正直なところそれの重要性を説いてしまうと、ワインビジネスとしては成り立たなくなってしまうので、インポータやショップにとってはあまり口にしません。
例えば、昨日飲んだ、1985ヴォーヌロマネ モンジャールミニュレ、は一つのアイコン的なワインでした。ボトル上部と中部・下部の味わいが全く異なっていました。見るべきは上部でした。上部は、本体自体の味わい・香りは全く冗長ではなくただクリーンで無為。余韻は強さはなく終わりを感じさせない、いつ終わったか分かりません。綺麗すぎるとワインは無個性となるということを確認できました。
一方ボトルの中部と下部においては甘みが目立ち、沢庵香もでていました。なお、上部の1杯はとっておき、1時間程度すると甘みがでてきて中部と下部の個性がでてきて個性のあるワインになっていました。
もう一つ言及するのであれば、Theヴォーヌロマネとは、このときの上部のワインがキャラクタの本質であると思います。粘土でありながらもタンニンの重さを出さないところになぜヴォーヌロマネでなければならない理由です。
このようなワインは、作られてすぐ現れるものではなく、30年寝かせて一部のもののみが纏うキャラクタです。
前述したようなモンジャールの上部の味わいは、ロマネコンティやベーズの当たりを思い起こさせられます。