藤が丘会
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1.ジャン・ヴィッセル シャンパーニュエクストラブリュット マグナム
2.ドメーヌ・プリューレ・ロック ラドワ レ・クルー ブラン2015
3.ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ オート・コート・ド・ニュイ ラヴィーニャ2002
4.ドメーヌ・プリューレ・ロック ラドワ レ・クルー ルージュ2015
5.ドメーヌ・プリューレ・ロック ニュイ・サン・ジョルジュ クロ・デ・コルヴェ 2009
6.ドメーヌ・プリューレ・ロック ヴォーヌ・ロマネ クロ・ゴワイヨット2009
7.ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ ロマネ・サン・ヴィ・ヴァン 1993
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本日は2018年11月に若くしてお亡くなりになった、プリューレ・ロックを偲ぶ会です。
■プリューレ・ロック
ロックのラドワは白も赤も、ニュイ・サン・ジョルジュ、ヴォーヌ・ロマネ、ヴージョと比べて、味わいが雑なことは否めません。
これはラドワの産地に問題があると思っています。
数年前ラドワが気に入り、その時数カ月間でラドワを集中的に飲みましたが、ラドワは最初は綺麗でチャーミングに見えるのですが、それ以上何もなく探っても面白くなく、むしろ探ると、雑さが気になり、どんどん嫌いになっていくワインでした。
突き詰めると産地が悪いのか、ニュイの味をイメージして造るが故に、ラドワとしてどうしてもニュイに劣った味でぎくしゃくしているのかもしれません。
そういう意味でロックのラドワ白に関しては、シャルドネにもかかわらず、黄色い色で、チャレンジングな作品で(Wさんいわく、赤ワインと同じ醸造をしているらしい。後で調べてみます)彼なりに思うところがあったのかもしれませんが、ただそれが、ラドワを最大限引き出そうとしているかというと、ラドワの赤は普通のもので、特別にラドワ仕様で作っていると思えないことから考えるに、ラドワの可能性を引き出そうというよりは、たまたま持っていた土地のシャルドネがあり、ロックのイメージするシャルドネを作りたくて、それがたまたまラドワであった、そういうことかもしれません。
ロックは、一事が万事そういうところがあり、テロワールを優先するのではなく、自分のビジョンを優先しているところがあります。どれも似た独特なフレーバが優先されその後に土地の味がするところ、クロドコルベを造る考え方。
とはいえ、ロックの所有するラドワの場所は非常に残念な区画であり、具体的にラドワの半円状に広がる丘の、いちばん下部の場所であり、この場所は壊滅的に美味しくない・・・。よくこんな場所から、このような普通のワインを作れたとある意味驚きます。
きっとロックは、ラドワの白などをみると思うのですが、高級ワインではなく地酒としてのワインを大事にしたかったのだと思います。ただロックの面白いところは、ロックの次のメッセージにあり「自然なワインはない。自然なようにワインを作るのである。」このポリシーに集約されるところがあります。「地酒のように造る高級ワイン」それがロックの目指したコンセプトだったのではないかと勝手に思っています。
それが故に、ラドワを無視して、地酒を造る・・・。
いろいろと袋小路だったのではないかと思います。
一方でクロ・デ・コルヴェは単純に不味いワインでした。
味わいが太く・短く、ロックに求める伸びやかさがありません。
余韻もノイズが多いです。
飲んだ後の清涼感が壊滅的です。
これはミルランダージュから作っているものなのですが、
自宅で飲んでいた、ニュイ・サン・ジョルジュ1級(2011)のほうが遥かに美味しいです。
往々にして、力を入れて手間をかけ過ぎたワインは美味しくなく、肩の力を抜きさらっと勢いで作ったほうが美味しいことが多く、これもそれに準じたものでした。
ヴォーヌ・ロマネ クロ・ゴワイヨットはまさにロックを代表するワインといっていいでしょう。ラターシュの下部にあり、ロックが最も思い入れ深く、1987年に売りに出ていた時に購入し、1988年にドメーヌを立ち上げたました。
ただ、致命的なのが、紹興酒のニアンスが感じられ、どこかの過程にエラーがあります。それゆえなのか、本来あるべき、悠々としたヴォーヌロマネのニアンス、複雑なフレーバ、霊性、それらが見当たりません。
こんなものではない、と何度も確かめても、それはありません。
ブルゴーニュを代表するドメーヌ、DRCです。
購入できるワインではなくなって久しく、最近いくらで取引されているのか知りません。知ったところで、手が出るわけもありません。もう存在しているドメーヌにもかかわらず、私にとっては違う世界の存在になっているものです。
そういうDRCなのですから、美味しくないと困るわけです。
しかし、このワインは熱が入り、酸化が進んでいました。
■纏め
ブルゴーニュ好きとして、ブルゴーニュは美味しいのか、ということに疑問をこの半年、感じています。本当は美味しくないにも関わらず、美味しいと美化しているのではないのだろうかと思うのです。
この日一番おいしかったのは、約8000円のマグナムのシャンパーニュ(ジャンヴィッセル)でした。通常ボトルだと4000円です。
ドサージュの少なく、ランスのもので、状態がよく、確かな造りのものと比べると、ブルゴーニュは土臭く、野暮ったさが否めません。
愛したブルゴーニュは、美化された思い出の中にしかないのではないかと思ったりします。
それを象徴するのがDRCで、例え状態が良くても、昔のように楽しむことはできなかったのではないかと思うのです。昨今のシャンパーニュの進化に引き上げられ、もう、ブルゴーニュは泥臭いワインになってしまっているのではないか、もう戻れれないのではないか、と思うこの頃です。