ブルゴーニュワインの感想

     所詮感想です。

焙煎機コンセプト

先週からはじめた短時間焙煎をさらに徹底するために、
昨日焙煎機の新しいコンセプトを考えました。
焙煎機コンセプトは
・加熱時間を最小にする
・「焙煎」に不要な、熱量を与える時間を、0にする。
・全ての豆に、同じ量で、同じ時間の「火」を与える。
が主要な要件です。

今朝、目が覚めて、新しい焙煎機の実現方法が思い浮かびました。

嫁とディスカッションしながら、形を煮詰め、
プロトタイプ型、
汎用家庭用型
を考えました。

それとともに、今ある焙煎機のドラムの回転スピードをあげることと、羽の高さを低くすることで、
今ある焙煎機でも短時間焙煎の完成度が上がることにも気づきました。

焙煎機コンセプト

先週からはじめた短時間焙煎をさらに徹底するために、
昨日焙煎機の新しいコンセプトを考えました。
焙煎機コンセプトは
・加熱時間を最小にする
・「焙煎」に不要な、熱量を与える時間を、0にする。
・全ての豆に、同じ量で、同じ時間の「火」を与える。
が主要な要件です。

今朝、目が覚めて、新しい焙煎機の実現方法が思い浮かびました。

嫁とディスカッションしながら、形を煮詰め、
プロトタイプ型、
汎用家庭用型
を考えました。

それとともに、今ある焙煎機のドラムの回転スピードをあげることと、羽の高さを低くすることで、
今ある焙煎機でも短時間焙煎の完成度が上がることにも気づきました。

業務が出来そうです

昔の大学生の頃の友人たちが、夢にでてきました。
それで、起きてすぐ、朝5時ごろ、FBなどで友人たちを探し、メッセージを送ってみました。
メッセージの返信があるか、楽しみができ、ウキウキして会社に向いました。

会社に着き、エレベータにて、今日はコーヒーを忘れたことに気づきました。

絶望です。

昨日、焼いた豆は、とても美味しく、それをまた飲めることを楽しみにしていたのですが、本日はそれを我慢しないといけないようです。
しかも、昨日の豆は、過去最上の出来です。

今まで、自分で焙煎したコーヒーを日中飲まずして、どうやって生きていたのか、忘れていました。もう、コーヒーを飲むために一刻も早く帰宅したいです。


口腔内が、コーヒーを望む唾液に満ちています。
ちょっと近くでコーヒーを買おうと思いましたが、この欲求は昨日焙煎したコーヒーのためのものであり、代用品では満たされることは無さそうです。
この抑えきれない欲求は、正にコーヒー依存です。


最近、食事の量を減らしており、「余り食欲がなくなってきたな、以前は大好きであった、白いご飯も食べたくなくないし、インドカレーも別に食べなくてもいい。うーん、美食欲も減ってきて、自由になってきた。」と思っていましたが、自分の中に、まだこれほどの美味への渇望、執着があるとは気づいていませんでした。
コーヒーを焙煎し飲むのは、あくまでも、品質追求の喜び、世界への探究心と思っていましたが、そうではなく、奥底に、コーヒーへの依存がありました。
大変面白い発見です。


こうして、欲求を意識化すると、ロジックで扱え、自分から切り離すことが出来るようで、この文章を書いた今、「飲みたい」という自分が、相対的なものになり、自分の欲求を切り離すことができました。

このまま仕事をせずに帰らず、
大人しく帰ってから、コーヒーを楽しむことができそうです。

良かったです。

食の完成

食は、幼い頃に、無意識の内に、行うようになる。
その内に、好き嫌いが意識化され、食べ慣れることで、幅が広がるようになる。
成長し、美食家になる人もいます。そのような人は、レストランに通うなど、より、美味いものを求め、追求します。最初は、味わいが濃いもの、強いものを求めます。その、はじめの終着点では、美味しすぎないことの良さを知ります。そして、エネルギー感、に気づきます。

エネルギー感を感じ取るのは、味覚ではない器官のようです。そして、エネルギー感と、旨味は相反します。さながら、素材と料理の対立のようです。

ところで、求めたのは、美食に酔うことであったのでしょうか?最初は、野性的な動機であったかもしれませんが、それでは探究に付き合えるほどの動機ではなく、磨かれる内に純粋性を帯びはじめ、知性や精神性に昇華しているはずです。
また味覚を追う内に、エネルギー感を知覚する能力が開花しましたが、その後は、どうなるのでしょうか?若輩者の私には具体的なプロセスはわかりかねますが、いくつかの段階をへて、別のあり様に昇華し、食事自体は不食へ向かうことと思われます。

短時間焙煎2

使用する焙煎機によって、短時間化する方法は異なる。
火に接する時間を増やし、間接的な熱風に接する時間を短くすることで、実現できました。
それが、我が家の焙煎機では、少量焙煎でした。
違う焙煎機では、違う解決策かもしれません。

今、改善案としては、焙煎機のドラム内の羽の枚数を減らす事が考えられますが、それは、困難なため、実現は容易ではないと思います。

また、究極的には、一粒焙煎だと思いました。

人がエネルギーを与えることができるか?

ワインを注ぐ人が持つイメージの影響は、あると思います。例えば、平○○でのワイン会で、あるボランティアの方が注ぐワインは、いつも暴れていたり、欠けていたりします。
ブルゴーニュ好きではない人達の集まりには、飲むものがないので、不味いビールなど飲みたくないので、ワインを持参しますが、気を使って、ワインを注いでくれたりするのですが、ああ、そんな、適当にやらないで、触らないで!と思います。
なので、人が主催のするワイン会では、ワインに触らないようにしています。


ワイングラスは、減衰と変質しかさせないはずです。エネルギー保存則が成り立つなら、そのはずです。


これらは、味の状態を変えていたり、スケールを減衰させている活動です。スケールを与えることは、多くの人には、自分も含めて、出来ません。

生命は生命から生まれます。
「スケール」「ポテンシャル」「立体感」と呼んだものは、生命の授受により与えられると推察されます。

インドカレーに、生の生姜を載せると、立体感が生まれます。火を通してスケールが小さくなった分を補っていると思います。
インドカレーの料理人は、スパイスの新鮮さにこだわります。新鮮であればスケールが大きくなるのでしょう。
とってすぐの野菜は、やはり、スケールが大きいです。

スーパーの惣菜、コンビニ弁当は、
最近のものは分かりませんが、
15年前は、スケールがありませんでした。

ワインも酸化したものは、スケールが小さくなります。
農薬が多かった、80年代、90年代は、小さいです。

ブノワライエのワイン会で、店長が、味を整えるため、色々されていましたが、スケールが小さくなっており残念でした。



料理することで、スケールを小さくしないことが、
良い料理人の条件と思われます。